東福院にて心休まるときを

親が年老いて、身体の元気もだんだんと弱くなり、気持ちも心細くなっているのでしょうか。
最近は老い支度、身辺整理のようなことを考えているらしいのです。
娘の私たちが訪ねると、必ず自分がいなくなった後のことなどいろいろ話そうとするのです。
いやいやまだまだ縁起でもない、というのですが、よく考えたら齢80近い両親のこと、考えを聞いておくほうが正しいのかもしれない。
親が言うには、何も言えなくなってからでは遅いから、ということですのでね。
それで、両親の希望というのは、何々家の墓というのはあるけれども、そこには入らない、というわけです。
父の親兄弟が入っているそのお墓がある場所は、そもそもゆかりのない土地ですし、山深くて行くのも大変なところなのです。
どこか近いところに、お墓のマンションのようなものを探して、そこに納めて欲しいというのです。
たしかに、現代の少子化社会を待つことなく、すでに跡継ぎのいない家、子孫のいない家は増えています。
我が家も娘である私には子どももおりませんので、あとの面倒を見てくれる係累がないのですね。
亡くなった後、無縁の仏として眠ることのないように、心休まる眠りにつけますように。
そんな願いをかなえてくれるお寺に、東福院があります。
四谷三丁目の駅からほど近いという交通至便な場所にある、由緒あるお寺です。
お参りにも訪ねやすいこのお寺さんには、永代供養のお墓があります。
心いちずに寶珠山 東福院詣り、安心して旅立ちの準備をととのえられる、ありがたい納骨堂なのです。

カテゴリー: 生活

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